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ドクター安達のおたよりSeries

北京と河北省戦跡を訪ねる旅

2015年7月16日~20日

戦後70年国際ツーリスト・ビューローが企画した中国ツアーに行ってきました。
3年ぶり2回目の中国訪問、添乗員は中国人女性の宋敏(ソンミン)さん、現地ガイドは劉建軍さんでした。

北京と河北省の地道戦遺址を訪ねる

地道とは地下道のことで、日中戦争中に抗日軍属の地元住民が掘った地下壕のことです。
各家々が地下道を掘りそれらを繋いで地下壕網をつくり、ゲリラ戦を戦ったり、住民の避難場所として利用したものです。



まず北京の北東30kmに位置する焦庄戸地道戦遺址
記念館の展示を見てアリの巣のように張りめぐらされた地下道を歩きました。
地下道の全長は10kmほど、そのうち830mが公開され観光用に整備されていました。

次いで北京の南西に位置する保定市の冉荘(ぜんしょう)地道戦遺址
各家々が地下道への入り口を掘り、地区全体が地下道で繋がっている。
抗日戦争当時、地下道戦は軍民の偉大な初めての試みで毛沢東の人民戦争思想の具体化であり、有効な作戦形式となったそうです。

さらに少し南に下って定州市北坦村の北坦烈士陵園へ。
1942年5月27日この村に日本軍がやって来ていわゆる三光作戦を展開しました。
地下道に毒ガスを放ち、そこに逃げていた村民を殺害、また苦しみながら地上に出た村民・民兵・八路軍兵士1000余名を惨殺したといいます。



幸存者の李慶祥さんに案内してもらいました。
村人は事件の被害者の追悼のためにこの烈士陵園をつくり、現在も事件の惨禍を語り伝えているといいます。

盧溝橋と中国人民抗日戦争紀念館

盧溝橋は北京市の南西約15km豊台区にある全長266mの石造りの橋。



盧溝橋事件は1937年7月7日に起きました。
「日本兵1名行方不明」を口実に日本軍が侵攻、支那駐屯軍と中国軍が衝突し、日中戦争の発端となりました。

隣接する中国人民抗日戦争紀念館
1931年9月18日の満州事変から1945年抗日戦争勝利までの14年間の貴重な文物と写真が5千数件も展示してあります。
今年の7月7日に新装オープンしましたが、なぜかそれまであった日本語の解説文がなくなっていました。

北京周辺の観光も

頤和園は西太后の避暑地として整備された公園。
多くの中国人観光客が訪れ私たちが訪問した日には5万7千人が見学したといいます。
天安門広場



天安門には毛沢東の肖像画が掲示され、広場を囲んで、中国国家博物館、毛沢東記念館、人民大会堂があります。
多くの事件がこの天安門広場で起こりました。

その他、故宮博物館(紫禁城)、3輪車タクシーに乗って胡同めぐり、万里の長城八達嶺や北京オリンピック公園を見学しました。

アジアに対する侵略と植民地化、日本の加害の歴史をあまり教えられていない私たちは現地を訪れることでその実態に触れることができました。


茨木診療所 所長
安達 克郎


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